高リスク産業における意思決定
―ストレス条件下で正しく判断できる組織をつくる
原子力発電所、空港、海上石油掘削施設、化学工場などの大規模かつ複雑な施設では、管理部門や経営者による意思決定がリスクを大きく左右する。本書は、リスク低減と安全性向上対策の経済的負担は対立するものではないとの考え方のもと、高リスク産業の安全に関わる人に組織の意思決定の在り方を考えるためのヒントを与える。
書籍データ
発行年月 | 2019年11月 |
判型 | A5 |
ページ数 | 280ページ |
定価 | 3,850円(税込) |
ISBNコード | 978-4-303-72989-9 |
概要
あらゆる産業に事故はつきものである。本書『高リスク産業における意思決定』でいう高リスク産業とは、放射能放出のリスクを有する原子力発電所、大型旅客機などの墜落事故のリスクを伴う空港、大規模な海洋汚染のリスクを伴う海上石油掘削施設、大量の毒性物質を扱う化学工場などを指す。こうした施設は大規模かつ複雑であり、そこで発生する事故のリスクを的確に把握して安全対策を強化するためには、それなりの科学的な手法が必要である。
そのような手法として、近年では確率論的リスク評価(PRA)やその一部としての人間信頼性解析(HRA)といった技術が取り入れられつつある。しかし、著者らは、福島第一原子力発電所の事故を受けて、これまでPRAやHRAでほとんど扱われてこなかった管理部門や経営者による意思決定がリスクを大きく左右するはずであるとの直感をもとに、それが産業システムに及ぼす影響を捉え、そしてその影響を減らすにはどうしたらいいかと、新旧の概念を何とか駆使して模索している。本書は、そのような概念を紹介し、高リスク産業の安全に関わる人に組織の意思決定の在り方を考えるためのヒントを与えようとする意欲的な書籍である。我が国の原子力発電などで取り入れられている「PRA」や「HRA」のほか、「過去の事故からの教訓の導出」に関する章を設けるとともに、これまでリスク評価で使われてこなかった複雑なシステムを扱うためにはそれなりの複雑なモデルが必要であるとする「必要多様性の法則」、組織の内外の情報を集め分析してフィードバックする機能の必要性を明らかにする「生存可能システムモデル」、安全性向上のための適切な投資のレベルを検討するための「J値モデル」、安全確保への最終責任の意識などを含めて経営者が留意すべき教育/訓練の考え方を集めた「リッコーヴァー提督によるマネジメントの原則」などが紹介されている。
ここで扱っているような難問にはなかなか答えが無く、残念ながら本書も体系的な答えに行き着くには至っていない。事故のあとはとかく保守的になりがちであるが、これまで生じていなかった事故に対処するには新しい考えが必要であり、本書はその道を切り開こうと模索している。我々を勇気付けてくれる書籍である。
著者らは、安全性のためには青天井で対策を講じればよいという安直な考えはとっていない。リスク低減と安全性向上対策の経済的負担は対立するものではないと考え、経済性を考慮した安全対策を講じることを奨めている。本書は、確率論的リスク評価を担当する人だけでなく、原子力発電所を設計あるいは運転する人、更には経営者にも読む価値があると思い、訳者一同は本書の翻訳に取り組んだ。読者にとって今後のための何らかのヒントを提供できることを願う。
(「訳者まえがき」より抜粋)
目次
第1章 はじめに
1.1 本書の目的
1.2 本書の利用について
1.3 著者たちの哲学
第2章 背景
2.1 はじめに
2.2 技術の応用
2.3 コメント
第3章 サイバネティック組織モデル
3.1 概要
3.2 制御器の設計と運用
3.3 制御器の応答
3.4 VSMシステム
3.5 VSMにおけるフィードバックの役割
3.6 運営の複雑さ
3.7 改良されたVSM表現
3.8 航空管制研究へのVSMの応用
3.9 サウジアラビア空域の航空管制
3.10 ATMオペレーションの分析
3.11 人間信頼性評価
3.12 VSMとCAHRの結合
3.13 コメント
3.14 要約
第4章 アシュビーの必要多様性の法則とその適用
4.1 はじめに
4.2 システムを制御するための一般的なアプローチ
4.3 アシュビーの必要多様性の法則の影響
4.4 アシュビーの必要多様性の法則の適用例
4.5 適切な意思決定が行われる確率を上げる方法
4.6 結論
第5章 確率論的リスク評価
5.1 確率論的リスク評価の紹介
5.2 確率論的リスク評価の構造
5.3 確率論的リスク評価の適用事例
5.4 まとめ
第6章 ラスムッセンの人間行動グループ
6.1 スキル・規則・知識ベースの行動の紹介
6.2 スキル・規則・知識ベースの行動の適用
6.3 コメント
第7章 様々な産業における事故のケーススタディ
7.1 事故分析の範囲
7.2 事故分析の方法
7.3 事故のリスト
7.4 原子力産業の事故
7.5 化学産業の事故
7.6 石油・ガス産業
7.7 鉄道
7.8 NASAおよび航空輸送
7.9 安全関連の補足的な事象
第8章 一連の事故からの教訓
8.1 はじめに
8.2 各事故から得られた教訓の一覧
8.3 結論
第9章 産業の運営における規制の役割
9.1 はじめに
9.2 規制プロセス
9.3 NRC報告書のレビューから得られた教訓
9.4 コメント
第10章 意思決定にかかわるツールの統合
10.1 はじめに
10.2 個々のツールの役割と組み合わせ
第11章 様々な運転に対するシミュレーションの利用
11.1 はじめに
11.2 シミュレーター
11.3 シミュレーション
11.4 意思決定に対する将来的な利用
11.5 まとめ
第12章 管理部門に対する訓練方法
12.1 はじめに
12.2 教育
12.3 管理者に対する技術的なツール
12.4 結論
第13章 安全への投資
13.1 はじめに
13.2 株主価値のための経営
13.3 MSVの原則の概要
13.4 安全のために必要な投資のレベルを推計する手法としてのJ値の適用
13.5 まとめ
第14章 結論とコメント
14.1 はじめに
14.2 分析の個別要素
14.3 結論
付録 リッコーヴァー提督の管理の原則
プロフィール
内山智曜(株式会社シー・エス・エー・ジャパン代表取締役)
氏田博士(アドバンスソフト株式会社リスク研究開発センター長)
村松健(東京都市大学客員教授)
富永研司(富永技術士事務所所長)
安藤弘(株式会社原子力安全システム研究所准主任研究員)
その他
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