笠戸丸から見た日本
―したたかに生きた船の物語―

(オンデマンド版)

宇佐美昇三 著
A5・400頁・定価(本体3,800円+税)
ISBN978-4-303-01017-1
2008年山縣勝見賞 著作賞
日本図書館協会選定図書

初版2007年2月発行


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 概 要
来年(2008年)は、ブラジル移民100周年にあたる。

東洋汽船の笠戸丸が、800人近い移住者を乗せ、新天地へ向けて神戸沖を出港したのは1908年(明治41年)4月28日の夕暮れだった。小船から壮行の花火が打ち上げられたものの、突堤から別れのテープで盛大に送り出された後年のブラジル移民に比べれば、さびしい出港だったらしい。

その100周年を前にして、笠戸丸移民の最後の生存者であった中川トミさんが、昨年秋、パラナ州ロンドリーナの自宅で亡くなった。ちょうど100歳だった。

トミさんは熊本県生まれ。笠戸丸のときは1歳半だった。当然のことながら、航海中の記憶はない。そんなトミさんを、宇佐美昇三氏は遠路はるばるロンドリーナまで訪ねている。彼女が90歳になるころだった。

いかにも宇佐美氏らしい。ジャーナリストであり、教育者であり、学者である氏は、現場感覚を大切にする文化人である。研究取材のためなら、世界中どこへでも精力的に出かけるし、研究内容は綿密をきわめる。

その宇佐美氏が書いた笠戸丸一代記であるから、内容の濃さは他に類をみない。しかも氏は、笠戸丸研究に40余年もの歳月を投入しているのだ。

その間、厖大な関連資料に目を通し、大勢の関係者に会い、内外の故地を調査した。笠戸丸航海を模擬体験するため、コンテナ船で同じルートを辿ったりもした。その努力は並大抵ではない。本書の読者は、氏の研究者魂のすごさに驚倒することだろう。

笠戸丸は地味な船である。

病院船、南米移民船、内台航路船、漁業工船といった船歴は、明色に彩られたものではない。どちらかと言えば、暗いイメージである。淺間丸、龍田丸のような高級ブランド船ではないから、メディアで紹介される機会も少ない。

にもかかわらず、笠戸丸は今もなお、ブラジルの日系人はむろんのこと、日本の一般庶民の記憶に残っている。

たとえば、演歌。北原ミレイという女性が歌っている「石狩挽歌」という唄の一節に、漁業工船になった笠戸丸の晩年の姿が出現する。北海道でニシンがとれなくなったころをイメージした演歌であるが、この唄の気分も笠戸丸と同様になんとなく暗い。が、不思議な魅力があり、大ヒットした。

笠戸丸も、不思議な魅力を持つ船である。宇佐美氏は半生この魅力にとりつかれたわけだが、かく言う私も、笠戸丸の生涯には惹かれるものがある。いったいなぜだろうか。

日露戦争から第二次大戦に至る半世紀の一般庶民の汗と涙が滲みこんだ船。波瀾にみちた日本の近代史を象徴する船。これが魅力の根源ではないだろうか。苦難が多かった戦前生まれの庶民には、懐かしさを覚える船でもあった。この感情は、団塊世代以後の日本人には起きないはずだ。

宇佐美氏は第27章「残照」で、笠戸丸を調べて何になるのか、たびたび自問自答したと述べている。だが、氏の笠戸丸研究は、本書を世に送り出すだけでなく、神戸メリケンパークに建つ移民船乗船記念碑の説明版に、第一回ブラジル移民当時の笠戸丸の絵姿(野上隼夫画伯による)を再現する原動力となった。その経緯は「残照」にくわしい。

宇佐美氏は本当に幸せな研究者である。(日本海事史学会 理事・山田廸生「序にかえて」より)
 
 目 次
[第1章]笠戸丸との出会い
[第2章]カザンの生まれ故郷
[第3章]義勇艦隊の貢献
[第4章]2万カイリの謎
[第5章]旅順封鎖中のカザン
[第6章]笠戸丸とスメルスキー
[第7章]南米移民船の曙
[第8章]中南米移民船 笠戸丸
[第9章]ブラジル移民計画
[第10章]ブラジル移民船 笠戸丸
[第11章]笠戸丸がブラジルに残したもの
[第12章]通訳五人男
[第13章]台湾航路に就航
[第14章]大正時代の笠戸丸
[第15章]日本の新植民地
[第16章]白衣の笠戸丸
[第17章]インド航路時代
[第18章]日本最初のイワシ工船
[第19章]魚糧工船を失業
[第20章]サケ・マス工船 笠戸丸
[第21章]蟹工船 笠戸丸
[第22章]太平洋戦争始まる
[第23章]戦時の海員
[第24章]戦乱の海
[第25章]大和に重油を
[第26章]最後の航海
[第27章]残照


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