海父・濱田国太郎
―海員組合を創った男


村上 貢(弓削商船高等専門学校名誉教授)著
四六上製・160頁・定価(本体1,600円+税)
ISBN978-4-303-63425-4
初版2009年1月発行


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 概 要
平成19年3月10日、新神戸駅にほど近い六甲山麓の雷声寺で、「濱田雷声顕彰の碑」の除幕式がささやかに執り行われた。石碑には、明治6年に瀬戸内海の小島に誕生し、10数歳で外国航路の船員となった濱田国太郎の数奇な生涯が集約されている。濱田は厳しい労働環境の下に置かれていた仲間たちと共に海上労働運動に身を投じ、昭和2年には日本海員組合の第2代の組合長となり、昭和10年に堀内長栄氏と交替するまでその重責を荷い続けてきた。

濱田は海員組合長を退任する以前から、古く海運関係者のあいだで深い信仰を集めてきた讃岐の金毘羅さんの分身を、神戸市の六甲おもて布引の地に迎えて新しい寺院(雷声寺)を開山しようとしていた。その落成後には初代住職・雷声和尚として、昭和33年に遷化するまでこの寺院の一角の簡素な別邸で生活している。

濱田国太郎は芸予諸島の一角、生名島(現愛媛県越智郡上島町)出身であった。筆者もこの島で誕生し、幼少年時代には帰郷した同氏の姿を見かける機会が幾度かあった。また、縁あって隣島の弓削商船高等専門学校に勤務することとなり、20余年にわたって海に巣立とうとする若者たちと共に生活してきた。こうした因縁もあり、同郷の後輩の1人として、海運界に生き抜いてきた先輩の生涯を非力ながらも追跡しようとしたのがこの小論である。

この研究活動を通じて思い知らされたのは、近代日本の発展をその根幹部分で支えてきた人々のたくましい姿であり、海に生きようとした労資双方が深めた知恵であった。その延長線上に置かれている目下の日本海運は、新しい航跡を描くことを求められている。今後、先人達の足跡からさらに深く本格的に学び取ることを迫られているのではなかろうか。(「はじめに」より抜粋)
 
 目 次
1 生い立ち
2 幼くして海運界へ
3 厳しい海上労働と職能団体の出現
4 海上労働者の結集と最初の停船スト
5 新しい結集
6 日本海員組合の誕生
7 初代組合長楢崎猪太郎の生涯
8 海員組合を率いて駈け抜けた激動の時代
9 日本労働組合会議の議長に
10 錯綜した組合長辞任劇
11 海員組合のオヤジから雷声寺の住職へ
12 故郷の島に残る足跡


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