魅力工学の実践

―ヒット商品を生み出すアプローチ

朝野熙彦 編

日本感性工学会出版賞受賞(2002年度)

日本感性工学会魅力工学部会のメンバーを中心に、R&D、デザイン、商品企画、マーケティングに携わっている実務家が、産業界での導入経験を踏まえて、抽象的な議論ではなく、実際にもの作りに役立つ技法と実施例を紹介。ガソリンスタンド、OA機器、携帯情報機器、発泡酒、ワイン、建物、J-POP、サイバーメッセなど、幅広い例が取り上げられている。

書籍データ

発行年月 2001年8月
判型 A5
ページ数 176ページ
定価 2,200円(税込)
ISBNコード 978-4-303-72570-9

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概要

 21世紀の日本の産業界がかかえる重要な課題の一つに、魅力的な商品をいかにして生み出せばよいか、というテーマがある。20世紀の工業社会をリードしてきたパラダイムは、均一の製品を大量生産することによって低廉化と大量販売を実現することにあった。しかし、ユーザーの嗜好が多様化しone to one marketingが必要とされる今日にあっては、zero defectと価格訴求だけでは商品開発の指導原理としては十分ではないように思われる。高度成長期に見られたような多数の失敗の中から偶然の成功を期待するという開発姿勢も、供給体としては許容し難いだろう。
 いまや人々に感動を与えるヒット商品を生み出すアプローチが求められているのではないか。このような時代認識に対応して、宇治川正人氏(竹中工務店)が主唱して1991年1月に企業の企画担当者、シンクタンクや大学の研究者らが集まって魅力工学研究フォーラムが発足した。本書の第9章で紹介されているとおり、同研究会は人間の感性やその測定に関する知見を学ぶ一方で、事業活動への適用を追求してきた。製品開発をシーズ・オリエンテッドからユーザーオリエンテッドに転換するにはR&Dとマーケティングのコラボレーションが必要であった。さらにユーザーに感動を与える商品開発には、ユーザーの心をとらえて商品化するための魅力工学が必要であるという問題意識を共有した。
 同会のメンバーの研究姿勢は、基本的に産学協同であり、さらに既存学問のディシプリンに閉じこもらない学際研究、そして森羅万象に対する好奇心つまり「やじ馬根性」にあったと思う。
 1992年には本書の前書にあたる「魅力工学」を海文堂出版より上梓させていただき、魅力工学の提案を世に問うたが、その後の10年間に実務への展開が蓄積されてきたことでもあり、そろそろ「実践編」を紹介させていただいてよい時期ではないかと考えた。
 本書を上梓した意図は、魅力工学の実践例を紹介して産業界の関心に応えることにある。なお1998年の日本感性工学会の発足に伴い、上記フォーラムは同学会の「魅力工学部会」として再編成されたため、本書は同部会のメンバーを中心に、さらにその趣旨に賛同してくださった方々の協力を得て編集することにした。
 本書の編集方針は次の通りである。魅力工学は工学を標榜する以上、抽象的な議論よりも、実際にもの作りに役立つ技法と実施例を紹介することに主眼をおいた。そのためR&D、デザイン、商品企画、マーケティングに携わっている実務家に執筆をお願いし、産業界での導入経験を踏まえた具体的な記述をお願いした。本書の主たる読者は、商品企画に携わる実務家を想定したが、将来、産業界において商品開発の仕事に就くことを志す学生にも参考となることを期待している。(「はじめに」より)。

目次

 第1章の「ガソリンスタンドの魅力」は、評価グリッド法とコンジョイント分析を用いて、ガソリンスタンドの魅力を計量したものである。魅力は定量化できるものではない、という通念があると思うが、魅力を価格に換算しているところに読者は新鮮さを感じるであろう。また、インターネットを活用してサーベイを実施しているところにも工夫が見られる。
 第2章の「共創でつくる魅力あるOA機器」では、プロダクト・アウトならざる製品開発への取り組みが報告されている。よくありがちな海外の文献紹介でも机上の空論でもなく、まさに企業内での実践活動に結実している所に価値がある。TheoryとMethodにとどまらないImplementationの実例がここに見られる。
 第3章では「携帯情報機器のデザイン開発」の事例が紹介されている。デザインは芸術家の創造活動だけで行われているに違いない、と信じている読者は少なくないと思われる。本事例ではITと実験データを活用し、数理的な評価技法も取り入れていることに読者は驚きを覚えることと思う。
 第4章では「麒麟淡麗<生>のヒット」について事例報告が行われている。企業のブランド戦略の中での新製品の位置づけ、そしてマーケティング・ミックスのフレームの中での品質設計など、開発過程の全容を知りたい読者にとって貴重な一章となっている。多変量解析を用いたマッピング分析にも興味深いものがある。
 第5章の「ワインの顧客価値調査」は、近年産業界で関心の高いCV(Customer Value)を志向した商品創造の事例を報告したものである。新製品の開発には、企業にとって最も守秘性の高い経験則が含まれているため、著者の所属企業の製品事例は示されていない。しかし、ここで紹介されたシステムは、すでに同社の開発技法としてビルトインされているのではないかと想像される。
 第6章では「汚れても魅力を失わないエイジング建物」という魅力工学らしい研究事例が報告されている。外壁素材と汚れ感の関係という精神物理学的な分析に重回帰分析を適用している。
 第7章の「J-POPヒットの予測」においては、21世紀の魅力工学の方法論が示されている。ヒット形成のモデルとしては、伝統的なstatic(静的)な分析も線形モデルも役に立たない。では何が次世代の方法論かというと、個人の相互作用を取り込んだダイナミックなモデルである。非線形、進化、シミュレーション、複雑系がこれからの魅力工学のキーワードとなろう。本章はヒットのメカニズムという、既存の学問が慎重にさけてきた問題に正面から取り組んだ素晴らしい実証研究といえる。編者としてはヒットがなぜ生まれるのかという研究のみならず、ヒットがなぜ廃れるのか?というメカニズムについても今後の研究を期待したい。
 第8章では「サイバーメッセ実証実験」というインターネット・プロジェクトを具体的に報告している。ここでも第7章で提唱された進化型アプローチが採用されている。本章の開発マネジメントの事例は、読者各位がこれからのビジネスモデルを構築するにあたって参考になろう。
 第9章は終章として過去10年間の魅力工学グループの活動経過を、当初から会の中心になってきた宇治川氏が展望されている。(「はじめに」より)