波濤列伝

―幕末・明治期の“夢”への航跡

木原知己 著

海は、いくとおりものシナリオが演じられる壮大な舞台です。幕末から明治初期にかけての時期、多くの先人たちが“夢”をいだき、波濤の彼方へと向かいました。歴史にその名をのこす偉人もいれば、歴史の裏通りにちょっとだけ足跡をしるした旅芸人なども数しれません。本書ではそうした先人たちの夢にひかりを当て、その“航跡”を描いていきます。日本海事新聞での約3年にわたる好評連載から55話を精選し大幅に加筆・修正。先人たちの勇気と熱意が、現代を生きる人の明日への糧となる一冊。

書籍データ

発行年月 2013年11月
判型 四六
ページ数 272ページ
定価 1,980円(税込)
ISBNコード 978-4-303-63422-3

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概要

 海からの風に身をおくと、遥かなる太古からの鼓動が心耳にとどき、昔日の故郷の空に広がる茜雲が頭をもたげてきます。
 よく“母なる海”といわれます。太陽をとりかこむ、生まれて間もない宇宙塵や鉱物微粒子が衝突、合体をくりかえしてできたのが地球であり、この地球では隕石が衝突をくりかえし、噴出したガスや水蒸気は地球の引力でとじこめられ、太陽光のエネルギーによって化学反応が進行していきました。これが大気と海洋の源であり、チャールズ・ダーウィンがいう“原始スープ”です。原始スープはあらゆる生物の祖先となる細胞が発生する条件をすべてそなえており、かくして海は生命の母の資格を得るのです。
 社会心理学者のエーリッヒ・フロムによれば、母性愛は何の代償も求めない最高の愛であり、もっとも神聖なものです。また、解剖学者の三木成夫氏は、胎児が母親の胎内で羊水を鼻からすいこんでいる間は大海原にいだかれていた記憶がよみがえると考え、この羊水こそが古代海水であるとしています。海に癒されるのは、こうした事情からかもしれません。
 一方で海は、感情が激変する嫉妬深い女性の顔ものぞかせます。男たちが、たとえば、ロビンソン・クルーソーがそうであったように、海への冒険へと帆をあげるのは、海の女性としての魔性にひかれてのことであり、彼女のきまぐれで波濤のなか座礁し、散っていくのも運命なのかもしれません。
 海は、いくとおりものシナリオが演じられる壮大な舞台です。たとえば、多くの先人たちが“夢”をいだき、波濤の彼方へと向かいました。歴史にその名をのこす偉人もいれば、歴史の裏通りにちょっとだけ足跡をしるした旅芸人なども数しれません。本書ではそうした先人たちの夢にひかりを当て、その“航跡”を描いていきます。
 時代は、幕末から明治初期にかけての時期に集中することになるでしょう。というのも、この時代は鎖国の呪縛から解放されたいという思いが鬱積し、近代化へと躍動するダイナミズムに満ちているからです。(「夢は“母なる海”をこえて」(はじめに)より)

目次

第1話 鉄砲伝来に隠された悲話
 若狭姫ものがたり

第2話 花の都パリに咲いた江戸の華
 パリ万博で評判になった江戸芸者

第3話 パリ万博(1867年)に出品した江戸商人
 清水卯三郎の生涯

第4話 異国に散らせた乙女の春
 からゆきさんの話

第5話 世界を駆ける芸人一座
 パスポート第1号は旅芸人だった

第6話 この男、じつにおもしろい
 異国の土となった漂流者、にっぽん音吉

第7話 音吉の故郷を訪ねて
 知多半島小野浦の浜と良参寺

第8話 漂流者の命を継いだ大鳥の話

第9話 サツマ・スチューデントと長州ファイブ
 異国での若き薩長群像

第10話 孫文の亡命を手助けした会津人
 日本人初の欧州航路船長、郡寛四郎

第11話 ジャポニスムの必殺仕掛人
 美術商、林忠正の生涯

第12話 日本女優第1号と烏森ゲイシャの欧州行脚
 マダム貞奴としたたか芸者の競艶

第13話 20世紀前夜
 夏目漱石、滝廉太郎ほか海外留学生の話

第14話 明治期の若き女子留学生
 岩倉使節団に同行した女子留学生とその波紋

第15話 聖像画家、山下りんの「生来画を好む」人生
 日本人女性で初めてロシアの土を踏んだイコン画家

第16話 孫文と盟約を成せる梅屋庄吉
 日本映画の風雲児がみせた義侠心

第17話 日比谷公園の「首かけイチョウ」
 「公園の父」本多静六の生き方

第18話 南極に挑んだ住職の息子
 白瀬南極探検隊

第19話 土佐人、岩崎弥太郎を支えた会津の船乗りたち
 憎悪にも勝る、凄みある旧会津人のプライド

第20話 明治初期、海外渡航者の人気業種ベスト3
 写真師、屋須弘平の波瀾万丈

第21話 奮って斯業を起すべし
 国産マッチの開祖清水誠と近代造船事始

第22話 藩主、明治の御世に海を渡る
 上田藩最後の藩主、松平忠礼と弟、忠厚の挑戦

第23話 国を開き、愛は海を渡る
 明治期における国際結婚事情

第24話 大富豪の子息が一目惚れした京都の芸妓
 モルガンお雪の生涯

第25話 江戸最後の粋人、成島柳北

第26話 小笠原島ものがたり
 外交の舞台となった無人の島

第27話 海を渡った武士の娘

第28話 地図に残る近代化
 明治の街を文明開化させた辰野金吾

第29話 博物館の誕生
 サツマ・スチューデントを率いた町田久成の夢

第30話 開拓使のお雇い外国人
 開拓史に秘められた、ある愛の物語

第31話 建築関係初の留学?
 旧中込学校を設計した謎多き棟梁、市川代治郎

第32話 日米貿易の礎石を築いた男
 起立工商会社を設立した松尾儀助の生涯

第33話 幕末期のある通詞(通訳)の話
 同い年の立石斧次郎、新島襄

第34話 高橋是清のダルマ人生

第35話 野口英世を支えた男たち
 たとえば、遠山椿吉と星一

第36話 日本の近代化における“SHANGHAI”
 高杉晋作の上海視察

第37話 われ川とともに生き、川とともに死す
 パナマ運河開削に挑んだ日本人土木技師

第38話 公に生きた敗軍の将
 榎本武揚の2つの日記

第39話 日本人の溜飲を下げた「心技体」
 柔道家嘉納治五郎、横綱常陸山谷右衛門の痛快談

第40話 さまよう魂
 ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)とアインシュタインの意外な接点

第41話 村岡伊平治という男
 南洋で“からゆきさん”に尽くした女衒?

第42話 近代女医の誕生
 楠本稲、荻野吟子らの挑戦

第43話 加奈陀に夢を描いた男たち
 鮭を追い続けた永野萬蔵と及川甚三郎

第44話 カナダ移民の夢を継いだ大躍進
 「バンクーバー朝日軍」が残したもの

第45話 波濤のかなたに散った会津魂
 若松コロニーと日本人女性移民第1号

第46話 縛られた巨人
 南方熊楠の破天荒人生

第47話 北方の漂流者
 日露関係の礎となった船乗りたち

第48話 幕末の「島流し」、そして「島抜け」

第49話 芸術の「文明開化」をなしとげた男
 日本洋画の父、高橋由一

第50話 ジョン万次郎とゴールドラッシュ

第51話 カリフォルニアに生きる
 ぶどう王と呼ばれた長沢鼎の武士道

第52話 「もっと沖に出よ!」
 近代水産業の父、関沢明清の遺志

第53話 空腹を満たしたイモと心を満たした英国娘
 男爵薯の父、川田龍吉の留学記

第54話 わが国は、やっぱり「海事立国」です
 京都の食文化を創った北前船、そして船霊信仰など

第55話 いま、「岩倉使節団」を考える
 このくにを創った1年9ヵ月の大視察

先人たちの勇気と熱意をあすへの糧に!(おわりに)