システム安全学
―文理融合の新たな専門知
日本図書館協会選定図書
さまざまな分野における安全の実現・確保および安全問題の解決に共通に適用できる普遍性のある思想や諸概念、原理(考え方の道筋)、原則、方法・方法論、基礎事項、手法などを、一般化の観点に立って知識の体系として提供し、分野を問わない安全の専門家(safety professional)を育てる「システム安全学」を提唱する。
書籍データ
発行年月 | 2015年9月 |
判型 | A5 |
ページ数 | 472ページ |
定価 | 3,960円(税込) |
ISBNコード | 978-4-303-72983-7 |
概要
科学・技術は社会に多大な便益を提供してきた。しかしながら、その一方で、科学・技術は巨大技術システム事故、欠陥製品、交通事故、都市の安全問題、環境破壊、汚染問題、情報安全・セキュリティ問題、医療事故といったように、日々の生活のおよそすべての領域において安全を脅かすような事態を産み出した。
高度な科学・技術によって構築されたシステムが社会インフラともなっている今日では、たった一つの事故でも大惨事になってしまう。
それゆえ、いたるところで安全・安心が謳い文句となっているように、現代社会は誰もが安全で安心して暮らせる社会とは言い難く、安全問題は21世紀の課題とされている。
多くの事故事例からわかるように、現代社会の広範にわたる安全問題は、従来の安全工学の範囲をはるかに超えて、人々の価値観や人間の行為・行動、組織、社会、文化にまで及ぶ社会問題である。そのため、安全問題の全体像を捉え、問題を解決することが難しくなっている。
そのため、安全を対象とする学問は、既存の分野ごとの「安全工学」を超え、法、経済、社会などの人文系の学問分野に及ぶ広がりと内容を持つものとならざるをえない。つまり、安全の実現・確保のためには、学際ではなく、理系・文系融合の新たな専門知の体系が必要なのである。
現在のような悪状況を克服して、誰にとっても安全で安心して暮らせる社会を実現するためには、教育機関にあっては、分野を問わない安全の専門家(safety professional)となる多くの人材の教育・育成に力を注ぐことが肝要である。
とりわけ、さまざまな企業や機関において安全の実現・確保に直接携わる安全技術者や安全管理者、運用者が基本とすべき考え方は、それぞれの立場・状況において、不安全事象が起こる前に、それを予測し、防ぐ、それでも不安全事象が起こってしまった際には、望ましくない状態に陥らない前に修正する、さらには、万一、望ましくない状態に陥ったとしても、それがインシデントや事故に至る前に回避行動が取れるようにする一連の安全方策を事前に考え出し、実行できるようにすることである。それには、安全問題を俯瞰的に捉えて、最適な解決策を導き出す安全専門家(safety professional)であることが望まれる。
安全の専門家となる多くの人材が社会のさまざまな現場に入ってそれぞれの役割を演じることによって、誰にとっても安全で安心して暮らせる社会の実現が進むことが期待される。
本書の目的は、少しでもそれに資することにある。
本書は、著者らのこれまでの討論と学会誌や学術講演会などで発表した内容を骨格として、「システム安全学」としてまとめたものである。本書の「システム安全学(system safety studies)」は、さまざまな分野における安全の実現・確保および安全問題の解決に共通に適用できる普遍性のある思想や諸概念、原理(考え方の道筋)、原則、方法・方法論、基礎事項、手法などを、一般化の観点に立って知識の体系として構築することを目指したものである。つまり、本書の「システム安全学」は、どの分野にも適用できる概念・原理(考え方の道筋)を基軸とした“分野横断の専門知”の体系化を目指したものである。したがって、これは個別分野ごとの「安全工学」や個別分野ごとの「安全学」の上に成り立つ、言わば「メタ安全工学」「メタ安全学」という立場にある。
このように本書の内容は、対象とするシステムの安全設計または運用管理上の指針や手順を直接的に与える、いわゆるハウツーやガイドブック的なものではない。この本に述べることの重点は、システム安全の基本概念や知識、応用方策について理解を深めてもらうことにある。基本的だからこそ、さまざまな対象・場面で活用可能だし、自分なりの応用も利くはずである。
本書は5部、全11章で構成されている。各部および各章のおおよその内容は以下のとおりである。
第1部「共通化のための概念形成」は、第1章から第4章の全4章から成っている。全章によって、さまざまな分野における安全の実現・確保および安全問題の解決に共通に適用できる“分野横断の専門知”を導き出す基盤となる「共通化のための概念」を形成する。
第1章では、必要となる分野横断の専門知の考究に資すべく、技術システムの変遷ならびに多くの分野における代表的な事故事例の分析結果から安全問題の特徴を明らかにする。あわせて、安全を脅かす側と脅かされる側の視点から安全問題を考察する。それぞれの考察の結果は、次章以降において導く、分野によらない安全の実現・確保および安全問題の解決に必要な知識が、システム全体としての安全の達成に適うものであるかを確認するのにも使われる。
第2章では、まずシステム安全学を必要とする背景を示し、“分野横断の専門知”の体系化を試みた本書のシステム安全学の意味合いと学問的立場を明らかにする。それを踏まえて、そのシステム安全学の知識体系を構築するための礎とするアプローチについて述べる。次いで、本章に続く各章での理解を容易にするために、導き出した基本思想と知識内容の概要を先立って示す。最後にシステム安全学が対象とする安全問題とシステム安全学の位置付けについて述べる。
第3章では、まず安全の定式化を行い、そこから安全の概念と安全性の概念を定義する。次いで安全の概念に基づいて分野を超えて安全を実現・確保するための5つの基本概念を導き出す。第5章以降の各章で論じる思想や諸概念は、これらの基本概念を基盤としている。
第4章では、まず分野を超えて対象の全体像を共通に把握・理解するための礎とするシステム思考、システム概念、システムズアプローチ、事故の未然防止を考えるシステム安全、次いで安全問題の構造を明らかにするためのシステム構造化技法などについて述べる。
第2部「分野に共通する概念」は全2章から成っている。ここでは、安全の実現・確保あるいは安全問題を考えるに際して、どのような分野にも共通するリスクの概念と事故の概念のそれぞれを第5章、第6章に述べる。これらは、第7章「リスクベースの安全管理」、第8章「ヒューマンエラーのマネジメント」、第9章「システムの安全設計」、第10章「システム安全解析」の基盤となる概念でもある。
第5章では、対象システムの安全性の改善目標の決定や技術システムの選択においても重要な役割を果たすリスク概念について説明する。
第6章では、事故の概念と事故事象を普遍化した事故モデルによって事故事象を理解する枠組みを提供する。事故の概念や事故モデルは分野共通なもので、安全の実現・確保の根幹を成す。あわせて、事故を解析するための首尾一貫した基礎と、効果的な方法で事故に対応するための方法論について述べる。これは、後の章で述べる事故調査のための基本的知識でもあり、事故発生の抑制と、発生した場合の影響を軽減させる方策の導出にも役立つ。
第3部「管理における思想」は全2章から成っている。ここでは安全を達成するための思想について述べる。システムの安全の実現には、設計時にシステムに安全方策を造り込むことと同時に、運用において安全を確保することが不可欠である。
第7章では、まず安全管理の概念および「MIL-STD-882―システム安全のための標準技法」を基に安全管理活動の内容を述べる。システムの安全管理活動には、「MIL-STD-882」の「システム安全プログラム計画」の考え方が大いに参考になる。これは多方面で活用され、安全確保の取り組みの王道的な考え方として評価されている。これらに次いで、個別の課題である危機管理や事故調査、安全情報についても述べる。
第8章では、実際のシステムの安全は運用に関わる人間のエラーや組織が犯す過誤に大きく依存するため、システムの安全の実現・確保にはヒューマンファクターとヒューマンエラーの視点が必要になるので、最初にそれらについて述べ、続いて組織過誤、さらにその根底にある安全文化について述べる。
第4部「工学における思想」は全2章から成っている。ここでは、システムの安全の実現・確保を図る諸々の方策を創り出すための基礎として必要な思想、考え方、手法などを中心に述べる。
第9章では、安全設計の思想、大規模システムに安全を造り込むために不可欠な設計の諸概念や方策、設計技法などについて述べる。決定論的および確率的安全設計の思想、深層防護などのシステムの安全設計のための概念、安全関連システムの安全設計の考え方、ソフトウェアの安全設計など、大規模システムに安全を造り込むために不可欠な設計の諸概念や方策、設計技法などについて説明する。
第10章では、システムの設計における安全解析の思想、予防型のシステム安全解析の進め方と安全性解析手法の概要を述べる。とくに、複雑な「社会-技術システム」あるいは大規模システムの安全解析には確率論的安全解析(PSA)が不可欠なので、それに必要な数学的知識の若干を述べる。
第5部「社会との関わりに関する諸概念」は第11章「安全問題と社会との相互作用」のみであるが、ここではシステムの安全に取り組む技術者が考慮すべきシステムと社会との関わりをさまざまな視点で考察する。
第11章では技術、とりわけ「社会-技術システム」が国民的合意の下で発展していくには、人々の価値観・倫理観や行動様式(安全文化)だけでなく、社会的受容や事故による社会・環境への影響も考慮することが不可欠であるので、それに関わる「社会-技術システム」の社会的受容の背景、科学・技術者の社会的責任、技術者倫理、社会的動機付け、法律、規制や規格、報道の役割などについて論じる。
本書が、安全の分野に携わる多くの技術者や安全管理者の参考書として、また安全に関する専門知を学ぶ学生諸子に大学での講義の副読本として読まれ、誰にとっても安全な社会の実現にわずかでも貢献できることを祈りつつ、本書を世に送り出したいと思う。
(「はじめに」より抜粋)
目次
<第1部 共通化のための概念形成>
第1章 技術システムの変遷と安全問題の特徴
1.1 社会化した技術システム
1.2 安全問題の変遷
1.3 現代の技術システムが関わる安全の問題の特徴
1.4 安全を脅かす側と脅かされる側の視点で見た安全問題
第2章 システム安全学とは
2.1 用語“システム安全”誕生の歴史的背景
2.2 本書の「システム安全学」とは
2.3 システム安全学構築の視座
2.4 システム安全学の基本思想と知識体系の概要
2.5 システム安全学の対象問題
2.6 システム安全学の位置付け
第3章 安全の基本概念
3.1 安全と安全性という用語について
3.2 安全の定式化と定義
3.3 安全の性質
3.4 安全管理が基本
3.5 安全の予測
3.6 安全性の概念
3.7 安全性の尺度:リスクの概念
3.8 不安全性の限界:受容可能リスク
3.9 安全形成の基底
3.10 安全を保つ制御能力に関する概念
3.11 “想定外”とは
3.12 安全と信頼性
3.13 安全とセキュリティ
3.14 システム安全学の基本思想
第4章 分野共通化の思想
4.1 共通化のための原理
4.2 システムの概念
4.3 システム構成とシステム境界
4.4 システム思考
4.5 同型性
4.6 システムズアプローチ
4.7 2種類のシステムズアプローチ
4.8 システムの構造を求める方法論
4.9 システム安全
<第2部 分野に共通する概念>
第5章 リスク概念
5.1 リスクの基本概念
5.2 個人リスクの表現法
5.3 社会のリスク
5.4 安全性目標の設定は社会的課題
5.5 安全性目標とリスク管理目標
第6章 事故の概念と事故モデル
6.1 使用される用語の意味
6.2 事故とは何か
6.3 事故事象の予測可能性
6.4 事故のタイプ
6.5 事故に対処する考え方
6.6 事故解析の思考
6.7 事故モデル
6.8 事故という事象の本質や特徴の理解・把握
6.9 事故を理解するための事故解析:事故解析技法と事故モデルの対応
6.10 将来の事故を防止する方策を学ぶ
<第3部 管理における思想>
第7章 システムの安全管理
7.1 安全管理の概念
7.2 体系的な安全管理活動
7.3 組織における安全部門の位置づけ
7.4 システム安全管理部門の活動
7.5 危機管理
7.6 「リスクマネジメント」と「危機管理」
7.7 インシデントおよび事故調査への参加
7.8 安全情報システム
第8章 ヒューマンエラーのマネジメント
8.1 ヒューマンエラーマネジメント
8.2 ヒューマンファクターの視点
8.3 ヒューマンエラーの捉え方
8.4 組織的な対応策によって
8.5 安全文化とは
8.6 安全文化の維持
8.7 システムの安全を確保するための組織能力
<第4部 工学における思想>
第9章 システムの安全設計
9.1 システムの安全設計とは
9.2 システムの安全設計思想
9.3 システムの安全設計と安全解析
9.4 システム安全設計の諸概念
9.5 大規模システムの安全設計の考え方
9.6 安全原則とリスク低減設計の方策
9.7 フェールセーフを実現するための設計技法
9.8 安全関連システムの安全設計の考え方
9.9 ソフトウェアの安全設計
9.10 ソフトウェアの信頼性
9.11 人間の信頼性解析
9.12 「人間-機械」系の安全設計
9.13 「人間-機械」系設計の原則
9.14 人間中心設計の概念
9.15 「人間-機械」系におけるタスク配分設計
9.16 新しいタイプのシステム安全設計問題
第10章 システム安全解析
10.1 システム安全解析の目的
10.2 安全解析の思想
10.3 事前解析に基づく予防型のアプローチ
10.4 大規模システムの安全性解析法
10.5 システム安全解析のプロセス
10.6 システムライフサイクルにおける安全性解析
10.7 ソフトウェア安全解析
10.8 故障モード・影響解析(FMEA)手法
10.9 フォールトツリー解析(FTA)手法
10.10 確率論的安全解析(PSA)
10.11 確率論的安全解析におけるリスク評価の課題
<第5部 社会とのかかわりに関する諸概念>
第11章 安全問題と社会との相互作用
11.1 リスク受容と社会的背景
11.2 安全性目標設定の社会的視点
11.3 科学者・技術者の社会的責任
11.4 リスク認知とリスクコミュニケーション
11.5 高度技術システムに対する安心の要件
11.6 企業,技術者が問われる「倫理」
11.7 安全のための社会的動機付け
11.8 法律は安全にどこまで寄与できるか
11.9 安全性向上のための規制と規格
11.10 安全性向上のための報道の役割
プロフィール
柚原 直弘(ゆはら なおひろ)工学博士
1969年 日本大学大学院理工学研究科博士課程機械工学(航空)専攻単位取得
同年 日本大学理工学部機械工学科助手
1972年 同航空宇宙工学科専任講師
1976年 同助教授
1978年 南カリフォルニア大学・Institute of Safety and Systems Management客員研究員
1981年 日本大学理工学部航空宇宙工学科教授
2008年 日本大学名誉教授,現在に至る
この間,飛行力学,飛行制御,人間-機械系,先進車両制御,システム最適化,エージェント・ベースド・シミュレーションなどの研究に従事。
日本大学理工学研究所研究プロジェクト「安全学の構築」,ならびに日本大学理工学部情報教育研究センター研究プロジェクト「安全情報システム構築」の代表研究者。
自動車技術会論文賞(1988年),精密工学会論文賞(1991年),International Conference on Advanced Vehicle Control Best Paper Award(2000年,2004年),European Conference on Manual Control and Human Decision Making Best Paper Award(2005年)など受賞。
〔著書〕
柚原直弘・稲垣敏之・古川修編『ヒューマンエラーと機械・システム設計』(講談社サイエンティフィク,2012年)
氏田 博士(うじた ひろし)工学博士(東京大学)
1974年 九州大学工学部応用原子核工学科卒業
同年 株式会社日立製作所入社,原子力研究所に配属
2011年 東京工業大学大学院理工学研究科原子核工学専攻特任教授
2014年 キヤノングローバル戦略研究所上席研究員,現在に至る
原子力プラントのリスク評価,安全解析,ヒューマンファクター,ヒューマンインタフェース,地球温暖化抑制と中長期のエネルギービジョンなどの研究に従事。
日本人間工学会橋本賞(1993年度最優秀論文),人工知能学会研究奨励賞(1994年度),日本原子力学会技術開発賞(2003年度)など受賞。
〔著書・訳書〕
『ヒューマンエラーと機械・システム設計』(部分執筆,講談社サイエンティフィク,2012年),『ヒューマンファクターと事故防止』(分担翻訳,海文堂出版,2006年),『ヒューマンファクター10の原則』(部分執筆,日科技連出版社,2008年),『社会技術システムの安全分析』(分担翻訳,海文堂出版,2013年),『実践レジリエンスエンジニアリング』(分担翻訳,日科技連出版社,2015年)など
その他
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