帆走工学

―セーリングヨットの設計と性能

増山豊 著

著者が取り組んできた実験や解析をもとに、帆走性能の解析方法や性能向上のための考え方について、船舶工学や流体力学を専門的に学んでいない人でも理解できるよう、噛み砕いて解説。ヨット設計の入門書であるとともに、自艇の性能について「どうしてだろう?」「何とかしたい」と思っているヨットマンの疑問に応える一冊。(オールカラー)
住田海事技術奨励賞受賞(2020年度)

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書籍データ

発行年月 2020年4月
判型 B5上製
ページ数 240ページ
定価 7,700円(税込)
ISBNコード 978-4-303-22425-7

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概要

 本書は筆者がこれまでに行ってきたヨット研究に関する内容をまとめたものである。一時期、我が国ではヨット産業が盛んになった頃もあったが、残念ながら現在ではその面影はない。これにともなって、ヨット研究に関しても積極的に取り組んでいこうという機運も見られない状況である。実は筆者が取り組み始めた頃も、我が国ではヨット研究の芽がほとんどないような状況であった。大阪大学の野本謙作教授のもとでいくつかの研究がなされていたが、学問的な体系としては出来上がっていなかった。このため、海外の文献を集めるのにも大変な労力が必要であった。
 その後、我が国からもアメリカズカップに挑戦しようという機運が高まり、1992年、1995年、2000年の3回にわたって同大会に参加することができた。この盛り上がりの中で、1993年に「セーリングヨット研究会」が結成され、ヨット研究を目指す同好の士の情報交換の場ができた。筆者は1993年から2012年にわたって同会の座長として会の運営に携わってきた。この研究会は現在も活発に活動しているが、残念ながら若者の参加が少なく、次世代への情報交換の場としては十分に機能しているとは言い難い状況である。
 本書はこれからヨット研究に取り組んでみようという人のために、筆者が当初苦労したような文献集めの労力などをなるべく少なくするとともに、現在の研究の動向を示して参考に役立ててもらいたいという思いで著したものである。
 本書において特に重点を置いたのは、船体とセールに作用する回頭モーメント(ヨーモーメント)を明らかにすることであった。ヨーモーメントに関しては、世界的に見ても具体的に解明しようとした研究はあまりなく、ヨット設計の成書でもこれについて言及したものはほとんどない。考えてみれば、定常状態でヒールしながら横流れを伴って走る船はヨット以外になく、いわゆる船舶工学の研究分野でもほとんど取り扱われていない。
 セーリングヨットのように比較的幅の広い船は、ヒールするだけでヨーモーメントが発生する。これに横流れが加わるとさらにヨーモーメントは大きくなる。一方、セールに作用する流体力によってもヨーモーメントが発生する。帆走時の定常状態は、これらのモーメントが釣り合った状態で得られる。また、舵角の値や、舵を切ったときにどのように回頭していくといった操縦性を考える上でも重要な値である。
 本書では、これらの値の求め方を示すとともに、具体例を挙げてタッキング時の操縦運動を計測するとともに、これらのシミュレーションを行ってよく一致することを示した。本手法を用いることにより、タッキング中の船体各部に作用する流体力の変化を知ることができるので、より良いタッキングの探索に活用することができると考えられる。
(「おわりに」より抜粋)

目次

第1章 解析の対象とする船と本書の構成
 1.1 解析の対象とする船
  1.1.1 FAIR V(KIT-34)
  1.1.2 風神(YR-10.3)
 1.2 本書の構成

第2章 船体の設計と排水量計算
 2.1 船体形状の設計法
  [コラム]2-1 流体力学的に滑らかな曲線
 2.2 Excelによる船体形状の簡易設計
 2.3 浮力と浮心
 2.4 シンプソンの法則
 2.5 排水量計算の具体例
  2.5.1 船体横断面積と面積中心の計算
  2.5.2 水線面積と面積中心の計算
  2.5.3 排水量と体積中心の計算
  2.5.4 プリズマチック係数Cp
 2.6 排水量等計算表
 2.7 復原力計算
  2.7.1 メタセンタと横復原力
  2.7.2 大角度復原力
 2.8 本章のまとめ

第3章 船体に作用する流体力
 3.1 船体に作用する抵抗の分類
  3.1.1 境界層
  3.1.2 摩擦抵抗
  3.1.3 圧力抵抗
  3.1.4 造波抵抗
 3.2 水槽試験
  3.2.1 模型試験から実船の抵抗係数の算定
  3.2.2 模型試験の例
  [コラム]3-1 水槽模型試験とレイノルズ数の問題
 3.3 Delftシリーズによる船体抵抗計算式
  3.3.1 模型試験と解析手法の進展
  3.3.2 DSYHSによる剰余抵抗の計算式
  3.3.3 船型による全抵抗の違い
 3.4 直立直進時に船体に作用する流体力の計算
  3.4.1 DSYHSによるハルの全抵抗の計算
  3.4.2 フィンキールとラダーに作用する抵抗の計算
 3.5 ヒールして横流れするときに船体に作用する流体力の計算
  3.5.1 船体固定水平座標系
  3.5.2 揚力とそれに伴う抗力
  [コラム]3-2 誘導抗力
  3.5.3 ヒールモーメント
  3.5.4 ヨーモーメント
  [コラム]3-3 付加質量
  [コラム]3-4 ムンクモーメント
 3.6 船体に作用する流体力の計算式の検証
  3.6.1 直進抵抗値
  3.6.2 ヒールと横流れ時の性能
  3.6.3 舵角による性能
  3.6.4 フィンキール位置の変更などによる性能変化
 3.7 本章のまとめ
 【解説】3-1 横流れする物体に作用する付加質量とムンクモーメント
 【解説】3-2 ルイスフォームの計算法

第4章 セールに作用する流体力
 4.1 セールに作用する力
 4.2 セール流体力の定義
 4.3 風洞試験によるセール性能の測定
 4.4 Flying Fifteen級のセール性能
  4.4.1 実験装置と実験条件
  4.4.2 メインセール+ジブの性能
  4.4.3 メインセール+スピネカーの性能
 4.5 国際12m級(旧アメリカズカップ艇)のセール性能
  4.5.1 実験装置と実験条件
  4.5.2 メインセール+ジブの性能
  4.5.3 メインセール+スピネカーの性能
 4.6 470級のセール性能
  4.6.1 実験装置と実験条件
  4.6.2 メインセール+ジブの性能
  4.6.3 メインセール+スピネカーの性能
  [コラム]4-1 風洞模型試験とレイノルズ数の問題
 4.7 セールダイナモメーター船「風神」による実物大セール性能試験
  4.7.1 風神の概要
  4.7.2 計測状況とエラーアナリシス
  4.7.3 メインセール+ジブの性能
  4.7.4 メインセール+スピネカーの性能
 4.8 セール性能のまとめとVPP計算用の代表値
 【解説】4-1 セールに作用する流体力に対するヒールの影響
 【解説】4-2 セールに作用する流体力の数値計算法の概要

第5章 速度予測プログラム(VPP)
 5.1 セーリングヨットの力の釣り合い
 5.2 釣り合いの基礎式
 5.3 VPP
 5.4 VPP計算に用いるセール流体力の整理

第6章 実船海上計測とVPP計算結果との比較
 6.1 比較の対象とする船
  [コラム]6-1 海上計測システムの進歩
 6.2 FAIR V(KIT-34)の原設計艇(改造前)の結果
  6.2.1 海上計測の概要
  6.2.2 計測結果とVPPによる予測値との比較
 6.3 FAIR V(KIT-34)改造後の結果
  6.3.1 改造の概要
  6.3.2 改造後の計測結果とVPPによる予測値との比較
 6.4 風神の結果
 6.5 VPPによる解析の例
  6.5.1 風神のフィンキール位置の違いによる性能変化
  6.5.2 風神のセール位置の違いによる性能変化

第7章 操縦運動とタッキングシミュレーション
 7.1 操縦運動
 7.2 タッキング運動を表す運動方程式
 7.3 船体運動によって生ずる船体に作用する流体力の計算
  7.3.1 角速度による項
  7.3.2 付加質量と付加慣性モーメント
 7.4 船体運動によって生ずるセールに作用する流体力の計算
  7.4.1 基本セール性能
  7.4.2 タッキング中のセール流体力変化
 7.5 シミュレーション手法
  7.5.1 シミュレーションの具体的手法
  7.5.2 機走時の操縦運動による船体のみに対するシミュレーション手法の確認
 7.6 タッキング運動のシミュレーション
  7.6.1 風神
  7.6.2 FAIR V
  7.6.3 操舵の違いによる回頭運動の違い
  7.6.4 タッキング運動中の船体各部に作用する力とモーメントの変化
 7.7 本章のまとめ
 【解説】7-1 船体固定水平座標系で表した運動方程式の導出
 【解説】7-2 ダイナモメーターフレーム質量によって作用する慣性力と慣性モーメントの除去
 【解説】7-3 ルンゲ・クッタ法

プロフィール

増山 豊(ますやま ゆたか)
1969年 富山大学工学部機械工学科卒業
1971年 富山大学大学院工学研究科修了
1972年 横浜ボート(有)「熊澤舟艇研究室」にて,ヨット設計を熊澤時寛氏に師事
1975年 金沢工業大学助手。その後,講師,助教授を経て教授
1984年 工学博士(大阪大学)
 この間,ヨット・小型舟艇の性能解析をメインテーマとして研究
 ニッポンチャレンジ・アメリカ杯船型委員会委員(1989年~2000年)
 セーリングヨット研究会座長(1993年~2012年)
2012年 金沢工業大学定年退職。名誉教授
 金沢工業大学実海域船舶海洋研究所
2018年4月24日逝去

〔受賞歴〕
1993年 アメリカ造船学会(SNAME)主催のチェサピーク・セーリングヨットシンポジウム(CSYS)にて発表した論文(Masuyama, Y., Nakamura, I., Tatano, H. and Takagi, K.: Dynamic Performance of Sailing Cruiser by Full-Scale Sea Tests)がthe Captain Richards T. Miller Prizeを受賞。
2001年 関西造船協会論文集へ投稿した論文(野本謙作,増山豊,桜井晃:復元菱垣廻船「浪華丸」の帆走性能)が関西造船協会賞特別賞(調査)を受賞。
2011年 アメリカ造船学会(SNAME)のJournal of Sailboat Technologyへ投稿した論文(Masuyama, Y. and Fukasawa, T.: Tacking Simulation of Sailing Yachts With New Model of Aerodynamic Force Variation During Tacking Maneuver)が,年間の優秀論文の一つとして,同学会のTransactions(年鑑)に掲載される。
2018年 470級ディンギの性能解析を行った著作「翔べ!470―470級ヨットの帆走性能を科学する―」が,日本船舶海洋工学会の学会賞(著書)を受賞。

その他

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