<北水ブックス>
ヤドカリに愛着はあるが愛情はない
海なし県で育った著者が、ふとしたキッカケでヤドカリと出会い、大学4年生のときから修士、博士時代を通じて現在まで、メスをめぐるオス同士の闘争行動にひたすら取り組み続けてきた日常を綴る研究体験記。フィールドで、研究室で、海外の学会での悲喜こもごもが、まるで一緒に体験しているかのように伝わってきます。オールカラー。
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書籍データ
発行年月 | 2022年8月 |
判型 | A5 |
ページ数 | 128ページ |
定価 | 1,980円(税込) |
ISBNコード | 978-4-303-80008-6 |
概要
本書は、ヤドカリに「愛情」はないが「愛着」はある私の、大学時代を中心とした研究体験記である。海のない埼玉県に育ち、99%以上の種が海に住むヤドカリ(海外の1種のみ純淡水性)にはまったく縁のなかった私が、どのような経緯でこの道に入り込み、どんな研究をしてきたのか、関連研究を紹介しつつ、その一端を記している。ヤドカリの一般的な生態をはじめとする学術的な内容にも触れているが、私自身の進学と進路、何より研究室に配属されてからの研究生活が話題の中心であるため、1つの実例として、水産学・生物学・理学に進学を考えている高校生や、学士課程の大学生の一助になれば幸いである。もちろん、イチ学生のどたばたを書いた読み物としても楽しんでいただければうれしく思う。
私がヤドカリと出会って約20年、本格的に研究を開始してすでに10年以上が経過した。「宿借り」の名のとおり、この生き物の特異性が「貝殻を背負っている」ことにあるのは間違いない。ヤドカリと貝殻の関係から動物の意思決定に迫る、200ページにも及ぶ学術書があったり、彼らの引っ越しを題材にした絵本がいくつも出版されていることからも、この稀有な性質は科学・教養の両面で世界中の人に愛されているのがわかる。私自身、ヤドカリ研究に初めて触れたのは、貝殻選択を題材にした実習であった。しかし、大学4年生のとき、自らの興味の方向性もあって、ヤドカリに限らず、ヒトを含めた数多くの生き物で知られる、オス同士のメスをめぐる闘争行動(オス間闘争)に取り組むことになった。修士でも博士でもオス間闘争一辺倒の研究を続け、現在も、ヤドカリと貝殻の関係を探求する世界のスタンダードには背を向けて、もっぱら彼らの繁殖行動を中心に研究している。何の自慢にもならないが、ヤドカリの恋路(?)の邪魔だけなら、かなりの経験を積んだと断言できる。
さて、ここでいささか挑発的な本書のタイトルについて補足したい。私は高校時代にヤドカリと出会い、確かにこのコミカルな生き物に興味を持った。しかし、自らの研究の第一歩とも言える卒業研究の対象種としてヤドカリを選んだのは、単に第一希望の生き物ができなかったから、という「ヤドカリ愛」とは程遠い、ある種の妥協の結果であった(詳細は本文に)。そこから10年が過ぎ、本書の執筆も含めてヤドカリを相手にしない年は一年もなかったが、依然としてヤドカリへの「愛情」は芽生えていない。しかし、多くの人が「ヤドカリ研究者はみなヤドカリ好きであるはずだ」と考えているようで、ヤドカリを題材に講義すると、聴講学生から「ヤドカリがお好きなんですね!」とか「ヤドカリへの愛が伝わってきました」といった感想をもらうことがある。申し訳ないが違う。ただし、10年も研究していれば愛着は湧く。本書のタイトルは、そんな己の感覚と世間とのギャップに対する自分なりの回答である。私は、これまで研究してきた潮間帯のヤドカリたちを、比較的簡単に採集・飼育でき、見ていて飽きず、単純な実験でも面白い結果を返してくれる良き生き物だ、とは思っている。あくまでビジネスライクな付き合いのつもりである。そんな人間が執筆しているので、要所要所でヤドカリへの扱いが雑に感じられるかもしれない。本当にヤドカリが好きで好きでたまらない人、ごめんなさい。(「はじめに」より抜粋)
目次
第1章 ヤドカリことはじめ
宿を借りる生き物
宿を借りないヤドカリ
ヤドカリ分類学
ヤドカリの体のつくり
ヤドカリの利き手
ヤドカリのオスとメス
ヤドカリ的恋のお作法
ヤドカリの生活環
第2章 研究生活-0:ヤドカリに出会う
幼小時代
高校時代
[コラム2.1]「宿借り」の「宿捨て」作戦
[Box 2.1]ヤドカリが好む貝殻とは―サイズの問題―
行動生態学との邂逅
第3章 研究生活-1:学士~オス間闘争に出会う
卒業研究のはじまり
[コラム3.1]オスとメス両方の生殖口を持ったヤドカリ
TCS in Tokyo 2009
4年生の後半戦
第4章 研究生活-2:修士~“評価”に出会う
卒研論文化までの道のり
[Box 4.1]貝殻闘争shell fight
公開臨海実習@合津,熊本県
[コラム4.1]空き宿がなければつくればいいじゃない!
大鋏脚再生大作戦
修士研究
[Box 4.2]貝殻闘争における評価戦略と評価の指標
第5章 研究生活-3:博士~個体識別に出会う
テナガの秋:負けたあいつと知らないあいつ
[Box 5.1]ヤドカリだって個体識別ができる!
ヨモギの春:メスにまつわる悲喜こもごも
D論雑録
ユビナガの冬:下見紀行@和歌山
[コラム5.1]あいつから 奪ったメスには 興味なし
第6章 研究生活-4:海外経験あれこれ
ニュージーランド滞在記
国際学会-1@Newcastle-Gateshead, UK
国際学会-2@Cairns, Australia
プロフィール
石原千晶(いしはら ちあき)
1988年に東京都の内陸にて産声を上げ、直後に海のない埼玉県に移動。埼玉県立大宮高校、北海道大学水産学部、北海道大学大学院水産科学院を経て、学位(水産科学)を取得。学位取得後は和歌山大学教育学部で1年半のポスドク生活の後に、北海道大学大学院水産科学研究院の助教に採用(現職)。専門はオス間闘争を中心としたヤドカリの行動生態学。英文の研究成果は旧姓(安田・Yasuda)名義で執筆している。
その他
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