船が育んだ江戸
―物の運びがもたらす暮らしと文化
東京海洋大学附属図書館にて開催された企画展示「船が育んだ江戸~百万都市・江戸を築いた水運~」の図録を大幅に加筆修正し、<物の運びがもたらす暮らしと文化>について、人々の暮らしには船が極めて重要であったことを、「海」、「川」、「船」、「恵み」の4つの視点からまとめている。貴重な文献をカラーにて収録し、資料的価値も高い一冊。
書籍データ
発行年月 | 2025年2月 |
判型 | B5 |
ページ数 | 184ページ |
定価 | 5,500円(税込) |
ISBNコード | 978-4-303-63444-5 |
概要
世界の四大文明は川のほとりで生まれていますが、これは人々が川の恵みとともに生活してきたからなのでしょう。現代においても、ニューヨーク、ロンドン、パリなど世界の大都市の多くは川に面していますが、この理由は、鉄道や自動車のない時代に、都市に住む多くの人々に大量の生活物資を輸送する手段が船に限られていたからだと考えられます。つまり、船こそが人々の暮らしを支え、大都市への成長を後押ししてくれたと思うのです。
江戸(現在の東京)も、徳川家康が江戸幕府を開く前後から、船を利用した物資輸送に関して、さまざまな工夫がなされてきました。全国からの生活物資は船で江戸湊に輸送され、舟に積み替えられてから河川や運河を利用して江戸市中の河岸に運ばれていきました。このように、船による物資輸送があったからこそ、江戸も百万都市へと成長することができ、このことが現在の東京の発展につながっていると考えて良いでしょう。そうなると、いささか大胆ではありますが、「船こそが、江戸を育み大都市へと成長させて、現代の東京の発展をもたらした」と考えることができるのです。
このようなことから、東京海洋大学附属図書館越中島分館では、「船が育んだ江戸」という展示会を、平成29年(2017)から令和2年(2020)にかけて毎年1回の合計4回開催しました。展示にあたっては、本学だけでなく学外の多くの専門家にも参加していただくとともに、関係機関から資料提供や展示の協力をいただきました。「船と江戸」というテーマは比較的地味だったかもしれませんが、4回の展示会では多くの皆様にご覧していただきました。
本書『船が育んだ江戸』は、この4冊の図録をもとに加筆したものです。
そして、お察しいただけると思いますが、船と江戸(東京)を結び付けた「船が育んだ江戸」というタイトルは、本学の統合前の名称の一つである「東京商船大学」を意図していました。
東京の江東区に位置する東京海洋大学海洋工学部は、その前身である東京商船大学の時代から、船長と機関長となる人材の育成とともに、航海学・機関学や物資輸送の教育研究をしてきました。この商船教育のルーツは、明治8年(1875)11月の私立三菱商船学校の設立に遡ります。明治15年4月(1882)には官立東京商船学校となり、大正14年(1925)4月東京高等商船学校となりました。その後、昭和24年(1949)11月商船大学、昭和32年(1957)4月東京商船大学となり、平成15年(2003)10月1日に東京商船大学と東京水産大学が統合して、東京海洋大学となりました。
令和7年(2025)11月には、明治8年(1875)から数えて「商船教育創基150周年」を迎えます。
また、東京海洋大学海洋工学部のある越中島キャンパスには、船としては重要文化財の第一号となった「明治丸」が保存されており、多くの見学者を集めています。明治丸は、明治政府のもと伊藤博文の命により、灯台の保守管理を行う灯台巡回船として明治7年(1874)にイギリスのグラスゴーで建造されました。この明治丸は、明治8年(1875)小笠原諸島の日本政府調査団を乗せて11月21日に横浜を出港し、24日小笠原諸島父島の調査に赴きました。英国の船よりも2日早く到着したことは、小笠原諸島が日本領となった理由の一つとされています。明治9年(1876)の東北巡幸の際に、明治天皇が明治丸に乗船されました。7月18日に函館を出港し、横浜に安着された7月20日が「海の日」制定の由来となっています。そして、明治30年(1897)からは商船学校に譲渡され、係留練習帆船として使用されました。平成23年(2011)6月8日には、当時の天皇皇后両陛下(現、上皇上皇后両陛下)が明治丸の視察にお見えになっています。
令和6年(2024)は、明治7年(1874)から数えて「重要文化財、明治丸竣工150周年」でした。
本書が、船と都市の発展を繫ぐ絆の再発見に、少しでも役立つことがあれば幸いの極みです。(「はじめに」より抜粋)
目次
はじめに
第1章 海 ―海流・海難・海損
1-1 廻船航路がもたらした江戸の発展
1-2 日本周辺の海流の特徴
1-3 操船学からみた「海難」
1-4 物資輸送からみた「共同海損」
第2章 川 ―河川・運河・河岸
2-1 江戸のまちづくりと河川舟運
2-2 関東地方の河川と江戸・東京
2-3 江戸市中の運河と流通
2-4 江戸の河岸と、魚河岸の変遷
第3章 船 ―船・舟・船番所
3-1 船の歴史と構造
3-2 江戸の海運を支えた船(菱垣廻船・樽廻船と小型船)
3-3 廻船建造都市の誕生と変遷
3-4 利根川水系の水運 ― 高瀬船とその操船
3-5 中川番所と小名木川の通行
第4章 恵み ―商品・取引・文化
4-1 廻船で江戸を酔わせた上方の酒文化
4-2 上州からの「山の幸」― 利根川で結ぶ江戸
4-3 江戸湾からの「海の幸」― 江戸前の昔と今
4-4 川と船が醸成した江戸文化
企画展示の記録(開催概要、展示目録)
執筆者紹介
プロフィール
執筆者紹介
岩坂 直人(いわさか なおと)
東京海洋大学教授
東北大学大学院理学研究科博士課程後期修了、理学博士。1989年 東京商船大学講師、1990年より助教授、2003年 大学統合により東京海洋大学准教授、2006年より教授。2012年から2015年まで海洋工学部長。
専門は海洋物理学、気象学、特に大規模大気海洋相互作用。
著書:『水産ハンドブック(第1章 第3節 第2項 B生息環境 a水温・塩分・流動)』(講談社サイエンティフィク、2012年)、「2005/06年 日本の寒冬・豪雪(第17章)」(日本気象学会、気象研究ノート、2007年、大野祐子・岩坂直人)
苦瀬 博仁(くせ ひろひと)
東京海洋大学名誉教授
早稲田大学理工学部土木工学科卒業。同大学大学院博士課程修了。1981年、日本国土開発(株)。1986年 東京商船大学助教授、1994年より教授、2003年 大学統合により東京海洋大学教授。2009年から2012年、東京海洋大学理事・副学長(教育学生支援担当)。2014年から2021年まで流通経済大学教授。この間、フィリピン大学工学部客員教授、東京大学大学院医学系研究科客員教授。
専門分野:ロジスティクス、都市計画、物流など
主要著書:『ソーシャル・ロジスティクス』(白桃書房、2022年)、『新・ロジスティクスの歴史物語』(白桃書房、2022年)、『増補改訂版、ロジスティクス概論』(白桃書房、2021年)、『物流と都市地域計画』(大成出版社、2020年)、『サプライチェーン・マネジメント概論』(白桃書房、2017年)、『ビジネスキャリア検定試験標準テキスト、第4版』(社会保険研究所、2024年)等
大貫 伸(おおぬき しん)
内外地図株式会社執行役員、日本環境災害情報センター会長、一般社団法人地図協会理事、海事補佐人
1957年 東京都杉並区生まれ。1980年 東京商船大学航海科卒業、山下新日本汽船(株)入社。1998年(公社)日本海難防止協会入社。2012年 日本環境災害情報センター会長。2018年 内外地図株式会社入社。2023年 一般社団法人地図協会理事。
専門は地図、環境災害、北極海航路、船舶起因の海洋汚染防止、ESIマップ、沈没船からの油流出、船舶事故史等。
仲野 光洋(なかの こうよう)
会社役員(海運)、元東海タンカー(株)会長
1970年 南山大学経済学部経済学科卒業。同年、東海タンカー入社。1982年から1996年、東海タンカー(株)社長、1989年から2019年、全国内航タンカー海運組合東海支部長。1996年から2019年、東海タンカー(株)会長。
1999年 中京大学大学院 経営学研究科 修士課程終了、2005年 東京商船大学(現 東京海洋大学)大学院博士課程修了、博士(工学)
2005年から2007年、中京大学大学院 経営学研究科 客員教授
専門分野 企業経営(中小企業 -特に海運物流企業)
研究分野 日本の海運物流史・現在の内航海運
木村 達司(きむら たつし)
早稲田大学大学院 理工学研究科 修士課程修了、技術士(建設、総合技術監理)。1978年 株式会社建設技術研究所入社、2022年 株式会社建設技術研究所退社
共著:『子どもが遊びを通じて自ら学ぶ 水辺のプレイフルインフラ』(技報堂出版、2022年)
久染 健夫(ひさぞめ たけお)
江戸東京郷土史研究者
東洋大学文学部史学科卒業。同大大学院日本文学研究科日本史学専攻修士課程修了。1981年 荒川区教育委員会文化財調査員、1985年 江東区教育委員会文化財専門員。1990年 財団法人江東区地域振興会に入り江東区文化センター勤務。1995年 江東区深川江戸資料館勤務。2008年 江東区中川船番所資料館勤務。2010年 深川江戸資料館次長、2011年 中川船番所資料館担当係長、2012年 同館次長。2017年以降再雇用。2020年から歴史講座・史跡巡り等講師。
専門分野 日本近世史
著書:『中川船番所資料館ブックレット 海岸線が物語る江東の歴史』(2017年)、『久染さんと歩く そめ散歩BOOK』(2024年)
共著:『川越市史』(1983年)、『江東区史』(1997年)、『日本歴史地名体系13 東京都』(2002年)、『総和町史 資料編 近世』(2004年)、『総和町史 通史編 近世』(2005年)
森本 博行(もりもと ひろゆき)
株式会社 オフィス・キヨモリ代表取締役
中央大学法学部法律学科卒業、1979年 東京都入都、1985年 中央卸売市場築地市場勤務
2008年 東京都中央卸売市場築地市場場長(第18代)、2013年 東京都を退職、コンサルタント業 オフィス・キヨモリを開業。
著書:『「築地」と「いちば」―築地市場の物語』(都政新報社、2008年)
庄司 邦昭(しょうじ くにあき)
東京海洋大学名誉教授
横浜国立大学工学部造船工学科卒業、東京大学工学系研究科船舶工学専門課程博士課程修了。1975年 東京商船大学講師、1992年 同大学教授、2003年 大学統合により東京海洋大学教授。2011年10月から2017年9月まで運輸安全委員会委員。
著書:『航海造船学(2訂版)』(海文堂出版、2023年)、『図説 船の歴史』(河出書房新社、2010年)
小堀 信幸(こぼり のぶゆき)
公益財団法人日本海事科学振興財団 船の科学館 学芸部アドバイザー・学芸員
東海大学海洋学部水産学科漁業コース卒業。1974年 財団法人日本海事科学振興財団 船の科学館、
1975年 学芸員資格取得(国立社会教育研修所)、1976年 社会教育主事資格取得(国立社会教育研修所)、
1977~1979年 宇宙科学博覧会協会出向、2000年 学芸部長、2006~2019年 東京文化財研究所保存修復科学センター客員研究員、2010年3月 財団法人日本海事科学振興財団 船の科学館退職。2010年4月 再雇用、船の科学館学芸部調査役学芸員、2024年 現職。
共著:「「二式大艇」保存の記録」(『未来につなぐ人類の技 ①航空機の保存と修復』(2000年))、「船の保存の現状と課題」(『未来につなぐ人類の技 ②船舶の保存と修復』(2002年))
共編:「船の科学館叢書1 重要文化財阿波藩御召鯨船 千山丸(2004年)」、「叢書5 雛形から見た弁才船 上(2005年)」、「叢書6 雛形から見た弁才船 下(2011年)」
大浦 和也(おおうら かずや)
白鹿記念酒造博物館 学芸員
山口大学人文学部人文社会学科卒業。大阪大学大学院文学研究科文化形態論専攻修了。2012年1月、辰馬本家酒造株式会社に入社。同日より公益財団法人白鹿記念酒造博物館に学芸員として出向し現職。2023年4月より酒史学会「酒史研究」編集委員。
専門分野:近世酒造史
主要論文:「幕末期上方酒造家の廻船所有 ―酒荷の積荷動向と運用の分析を通して」(海事交通研究68、2019年)、「幕末期上方酒造家の江戸積 ―下り酒問屋との関係構築をめぐって」(酒史研究38、2023年)、「幕末期上方酒造家の樽廻船経営 ―辰屋吉左衛門所有・辰吉丸を事例に」(酒史研究39、2024年)
中山 剛志(なかやま たけし)
群馬県立渋川青翠高等学校 教諭
國學院大學文学部史学科卒業。2005年、群馬県立前橋西高等学校教諭。2009年、群馬県立歴史博物館学芸係。2014年、学芸員資格取得。2019年4月より現職。
主要論文:「洛中洛外図屏風展を振り返って ―三館共同企画展の総括から見えてくるもの」(「博物館研究 Vol.47 No.11 通巻533号」日本博物館協会、2012年)、「交通史から見る近世上州と関東の地域性」(「群馬県立歴史博物館紀要 第35号」2014年)、「倉賀野河岸・宿の基礎的研究」(「群馬県立歴史博物館紀要 第37号」2016年)、「天明期における幕府天文方の動向~德川宗家文書を中心に~」(「群馬県立歴史博物館紀要 第40号」2019年)