現場実務者の安全マネジメント
―命を支える現場力2
「現場の実務者は、不断の努力によって事故を防ぎ、より安全で安心できる社会づくりに取り組む義務と責任がある」。これまでの安全管理の弱点や形骸化に対して、また信頼性の高い組織づくりを目指した安全マネジメントに対して、現場の実務者の視点から、実務者がどのように向き合い、関わっていったらよいかを考える。
書籍データ
発行年月 | 2015年2月 |
判型 | 四六 |
ページ数 | 212ページ |
定価 | 1,650円(税込) |
ISBNコード | 978-4-303-73132-8 |
概要
産業事故のなかには、現場の実務者がスイッチを押し間違えたことで起きてしまったというケースがあります。この事例を単純に捉えると、エラーと事故が直結しているように思えますが、その深層を探ってみると、スイッチを間違えたというエラーの背景にはいくつかの理由が見えてきます。それは、スイッチの名称が似ていた、暗くてスイッチの名称が見えにくかった、焦っていてしっかり確認しなかったなど、ヒューマンエラーを誘う数々の要因です。
また、もしも指差呼称が確実に行われていなかったとしたら、それは安全の基本ルールを疎かにする悪しき風土が改善されずに残っていた可能性があります。さらに、事故には至らなくても、同じようなエラーが繰り返されていたとしたら、ヒヤリハットが報告できない、活用されないという組織の風土的かつ制度的な問題もありそうです。そして、そもそもスイッチを間違えただけで事故が起きてしまうのなら、スイッチを間違えても事故にならないシステム設計を取り入れるべきであり、いつか誰かが事故を引き起こすリスクが高いシステムを運用し続けていること自体に問題の本質があると考えられます。
しかし、職場の風土改革や運用するシステムの設計の見直しには、多くの時間と費用、そして周囲の協力が必要であり、現場の実務者が一人で取り組むことができるテーマではありません。そこで前著『命を支える現場力』では、現場の実務者が職場で日々実践できる取り組みとして、コミュニケーションに主題を絞った事故防止について取り上げました。その理由は、社会で起きている事故の多くが、コミュニケーションの失敗によって引き起こされていたり、あるいは事故に至るまでの事象の連鎖の途中で、適切なコミュニケーションがとられていたら事故を防ぐことができたと考えられるケースが多いからです。
一方で、現場の実務者が良好なコミュニケーションに苦心し、まわりの仲間へその大切さを説いて回っても、水面に投じた石がつくる波紋のように賛同者の輪を広げることは容易ではないでしょう。また、地道な努力の賜物として、チームのコミュニケーションが大きく改善されても、人事異動でリーダーが「権威主義型」に代わった途端、チームのコミュニケーションがあっという間に萎縮してしまうこともあります。組織にとって人事異動は必要不可欠なものなので、チームの構成メンバーは一定ではありません。もちろん、組織の課題、役割、目標も変化します。このような変化があっても、組織の安全に対する行動指針や価値観が大きく揺らぐことがない組織づくりが求められます。
そのような組織づくりの舵取りは、組織のトップや管理職の役割ですが、現場の実務者の積極的な参画がなければ成し遂げることはできません。実務者一人ひとりにできることには限界がありますが、一方で組織の風土や文化を変える力を持っているのも実務者なのです。トップダウンとボトムアップの融合、相乗作用が重要だということです。
組織では、トップから現場の実務者まで、あらゆる階層の人たちが、事故をなくしたい、トラブルを減らしたいと願っています。職場の安全文化に何らかの問題があると気づいている人も少なくないでしょう。しかし、その願いや問題意識が一つの大きなうねりとなって動き始めることは〝奇跡的なこと〟と諦めている実務者が多いと思われます。
しかし、優れた安全成績を長く継続している組織、事故などの緊急事態において的確な対応をした組織、大規模災害において事業継続に成功した組織など、高い信頼性を有する組織(高信頼性組織)が実際に存在しています。このような組織は、事故を繰り返している組織や緊急事態にうまく対応できなかった組織と何が違うのでしょうか? その成功は決して偶然や幸運などではなく、組織の信頼性や安全レベルを高める努力や工夫を怠らず、さまざまな仕掛け、仕組みを取り入れてきた結果であると考えられます。
そこで今回は、これまでの安全管理の弱点や形骸化という問題に対して、また信頼性の高い組織づくりを目指した安全マネジメントに対して、現場の実務者の視点から、実務者がどのように向き合い、関わっていったらよいかを考えていきたいと思います。(「はじめに」より抜粋)
目次
第1章 「安全リーダー」を突然命じられて
1.新米安全リーダー鈴木さんの苦悩
2.これまでの安全活動・安全管理とその限界
3.安全管理から安全マネジメントへ
4.安全マネジメントは誰の役割?
第2章 仲間をその気にさせる仕掛け
1.水辺に馬を連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない
2.その気にさせる「気づき」を得る仕掛けや工夫
3.安全レベル・安全活動の見える化
第3章 現場実務者の安全マネジメントとその具体的戦術
1.ヒューマンエラーを減らす対策
2.ヒューマンエラーを事故にしない対策(エラー・トレラント・アプローチ)
3.戦略的エラー対策(組織的な対策)
4.これまでの安全管理にひと工夫
第4章 これからの安全マネジメントに必要なこと
1.マネジメントシステムの問題点と対策
2.リスクアセスメント
3.要因分析の進め方 ―責任追及をやめ原因追究を指向する―
4.それでも事故が起きたら
第5章 しなやかで柔軟な現場力
プロフィール
<安全研究会について>
平成17年4月25日に発生した脱線事故をきっかけとして、「同じような事故を二度と起こさないために、会社や業界の垣根を超えて安全について情報を交換し、一緒に考え、研鑽するネットワーク」として平成17年6月にメンバー数人で発足。現在の会員は、鉄道、航空、船舶、電力、医療、大学などの実務者や研究者を中心に約100名。主に、メーリングリストを活用した情報交換、オフ会による勉強会、見学会などの活動を実施。
<出版担当>
西村 司(JR東日本横浜支社 東神奈川電車区 助役)
榎本 敬二(中部電力株式会社 知多火力発電所 技術課長)
<出版委員(五十音順)>
安藤 美佐子(航空/元キャビンアテンダント、安全監査)
熊谷 宗一(鉄道/駅員、車掌、運転士、指令、ダイヤ策定、安全推進)
佐々木 潤(医療/医師)
平田 武(鉄道/安全管理、電気指令)
平田 正治(航空/大学講師、元航空管制官)
深澤 由美(医療/大学特任助教)
松下 孝行(鉄道/運転士、指令、安全管理)
宮本 麗子(航空/運航管理、安全管理)
横田 友宏(航空/機長、安全管理)
脇坂 悦志(電力/安全管理、プラント設計)
<顧問>
石橋 明(安全マネジメント研究所 所長)