ヒューマンエラー[完訳版]
日本図書館協会選定図書
安全マネジメントの分野に絶大な影響を与えてきたリーズンの「HUMAN ERROR」、待望の完訳版。ヒューマンエラーを分類し、その発生メカニズムを理論付け、検出と予防を論じる。そしてケーススタディを通じて「潜在性のエラー」こそ、最優先で取り組むべき課題であることを明らかにする。スイスチーズ・モデルの原点がここにある。
[2015年6月、2版発行]
書籍データ
発行年月 | 2014年8月 |
判型 | A5 |
ページ数 | 384ページ |
定価 | 3,960円(税込) |
ISBNコード | 978-4-303-72981-3 |
概要
「ヒューマンエラー」は巨大なテーマであり、ヒューマンパフォーマンスという言葉が表す領域に匹敵する幅広い分野を取り扱う。しかし取り組むのに気がくじけるほど広大なこれらの分野も、少なくとも2つの手段でコンパクトにできる。1つは、うわべだけでも広範な対象を狙って、文献に充実した典拠がある多くのエラータイプを取り上げ、ヒューマンエラーを広く浅く述べる方法である。もう1つは、狭くともかなり深くまで掘り下げ、幅広さは狙わず、エラー発生のより一般的な原理を多少なりとも明らかにすることだ。本書では後者を試みた。
本書は次の方々を読者と想定して執筆した。認知心理学者、ヒューマンファクターズ専門家、安全マネージャー、信頼性エンジニア、そしてもちろんこれらの分野の学生である。理論と実践の両面から、すべての対象読者にできるだけわかりやすい書き方をしたつもりだ。言い換えれば、両分野の専門知識があまりなくても読めるように心がけた。もちろん心理学者の思考回路、表現方法、および事例の扱い方に多少通じているほうがわかりやすいだろうが、本書に取り組む入門資格というわけではない。また同様に、ハイテク技術に明るくなくても、心理学者が最後の2章を読み通す妨げにはならない。
「エラー」という言葉は、人それぞれに解釈が異なる。認知学者にとってエラーとは、人間の日常行動の裏に潜む見えない制御過程の重要な手がかりである。応用実務家にとってはハイリスク技術の安全な操業を脅かす元凶である。理論家がエラーを収集したり、起こさせたり、分類したがったりするのに対し、実務家の関心はエラーを防止し、うまく防止できない場合はエラーに耐性がある設計をしてエラーの悪影響を食い止めることにある。本書がどちらのグループにも役立つものとなるよう願っている。(「序」より抜粋)
1979年のスリーマイル島原子力発電所事故から1980年代にかけて発生したいくつもの巨大事故から、事故の因果関係究明(原因追及)で注目を浴びるのが個人からシステム自体へ、また組織へと大きく転換した。そういった事故はシステム(性)事故とか、組織事故とかの名でも呼ばれるようになった。その転回点となったのがCharles Perrowの“Normal Accidents”(Princeton University Press, 1984)と並んで、本書『ヒューマンエラー』だったと言ってよいだろう。
本書は、認知心理学発展の成果を裏付けに、ヒューマンエラーを行動の種類やパフォーマンスレベルと結び付けて分類し、エラーの発生メカニズムを理論付け、包括的なエラーのモデル化システム(GEMS)を提案し、高頻度のバイアスと類似性バイアスを組み込んで人間のエラーを模擬するマシンまで作ってみせる。また、エラーの検出・予測と予防を論じ、ケーススタディを通じて「潜在性のエラー」こそ、最優先で取り組むべき課題であることを明らかにする。本書の影響力は絶大であり、私がいた民間航空安全マネジメントの分野では、1993年ころから民間航空機関(ICAO)のヒューマンファクターズ指導文書にスイスチーズ・モデル(SCM)が全面的に取り入れられたし、2006年の初版からすでに3版を重ねた安全マネジメントマニュアルにも、別のバージョンのSCMが採用されている。フロイトが自分は世間で有名なんだと初めて覚ったのは、1909年、アメリカに向かう船のなかで、係の客室乗務員が自署『日常生活の精神病理学』を読んでいるのを見かけたときだったというエピソードが本書(p.29)に出てくるが、リーズン博士が自身の有名ぶりを初めて実感したのは、1990年代末にバンクーバー湾に面する航空管制塔に招待されたとき、出会った管制官から「ああ、あなたがスイスチーズのご当人ですか」と言われたときだと伝えられている。
このように安全マネジメントの古典として有名な本書だが、身辺で尋ねてみると、原文・和訳を問わず通読したとおっしゃる方が非常に少ない。林喜男氏監訳版が部分訳だったことに加え、リーズン先生の文章は長くて読みづらいせいだろう。文章読解にはワーキングメモリのはたらきが必要なのに、メモリースパンのマジックナンバー「7±2」ではときどき不足するらしいのだ。本書がこんな状態を少しでも解消できればと願っている。(「訳者あとがき」より抜粋)
目次
第1章 エラーの特徴
1.1 認知のバランスシート
1.2 エラーは限られた数のフォーム(形態)で現れる
1.3 変動誤差と定常誤差
1.4 意図,行動および結果
1.5 エラーの作業定義
1.6 エラーの分類
1.7 エラータイプとエラーフォームの区別
1.8 ヒューマンエラーの調査技法
1.9 要約
第2章 ヒューマンエラー研究
2.1 初期のヒューマンエラー観察者たち
2.2 自然科学派の学統
2.3 認知科学派の学統
2.4 認知理論発展の最新動向
2.5 結論:ヒューマンエラーを取り扱う暫定的枠組み
第3章 パフォーマンスレベルとエラータイプ
3.1 なぜ,スリップとミステイクという対立概念に二分するだけでは済まないのか?
3.2 エラータイプ3種の違いをはっきりさせる
3.3 包括的なエラーのモデル化システム(GEMS)
3.4 スキルレベルでの失敗モード
3.5 ルールベースでの失敗モード
3.6 知識ベースレベルでの失敗モード
3.7 要約と結論
第4章 認知の特定化不足とエラーフォーム
4.1 心的機能の特定化(条件指定)
4.2 類似性と頻度:認知の「プリミティブ(基本的構成要素)」
4.3 特定化不足の実例
4.4 棚卸し
4.5 収束的記憶探索と拡散的記憶探索
4.6 不完全な意味知識の検索
4.7 結語
第5章 ヘマもするマシンを設計する
5.1 マシンの骨格部品
5.2 各部品の機能特性
5.3 システムの原動力:活性化
5.4 検索のメカニズム
5.5 意図の特性(intentional characteristics)
5.6 同時並列処理(concurrent processing)
5.7 棚卸し(中間点検)
5.8 不完全な知識の検索をモデル化する
5.9 まとめと結論
第6章 エラーの検出
6.1 エラー検出のモード
6.2 自己監視
6.3 環境が知らせるエラーの兆候
6.4 他の人々がエラーを検出
6.5 エラー検出率の相対比較
6.6 エラー検出を妨げる認知プロセス
6.7 まとめと結論
第7章 潜在性エラーとシステムの大惨事
7.1 技術の発達
7.2 人間による監視制御(HSC)のキャッチ22
7.3 保全に関係する行動の抜け落ち(オミッション)
7.4 オペレータのエラー
7.5 潜在性エラーのケーススタディ
7.6 エラーと規則違反を区別する
7.7 規則違反の予備的分類
7.8 エラーと規則違反を区別する心理的根拠
7.9 常在病原体にたとえると(resident pathogen metaphor)
7.10 複雑なシステムにおける事故の因果形成の全体像
7.11 過去の事故から正しい教訓を学ぶ
7.12 後書き:後知恵について
第8章 ヒューマンエラーリスクの予知評価と低減
8.1 確率的リスクアセスメント
8.2 人間信頼性分析(human reliability analysis:HRA)技法
8.3 人間信頼性分析(HRA)技法はどこまで有効か?
8.4 リスクマネジメント
8.5 エラー低減に向けた新たな施策を求めて
8.6 結び
付録:ケーススタディ
No.1 スリーマイル島
No.2 ボーパール
No.3 チャレンジャー
No.4 チェルノブイリ
No.5 ヘラルド・オブ・フリー・エンタープライズ
No.6 キングス・クロス地下鉄駅火災